僕が島に帰った日、花が満開だった。
南の桜は色鮮やかだ。
その名も寒緋桜。
沖縄らしい青い空に似合う紅の桜。
でも、実はそういうのはちょっと珍しい。
僕の中ではこの桜のバックは灰色。
曇った空。
晴れないよね。桜が咲く頃。
で、北の寒波は昨日、南にまで伝播し、島はとても寒くなった。
やっぱり灰色の空が広がる。
そして花冷え。
でも、この強い北風の中、凍えた花は散らずに残った。
ツアーで人が歩く山道、その本当に人が足を置くような場所の脇に、小さなランがあるのには昔から気付いていた。あんまり近く過ぎて何度か踏まれたりもしていたが、この株はしぶとく生き残っていた。
人間による踏圧というのは酷いもので、以前、足を置きごろな岩の脇に生えていたおそらくはツルランの株がポッキリ折れていたり、楽しみにしていたカゴメランが踏まれて枯れてしまったり、などというのを見ていただけに、今回この株がついに花をつけたのは嬉しかった。しかし、これは踏圧というより、歩く人の不注意にも問題がある気がする。先頭を行くガイドさんには是非にも気を使っていただきたい部分だ。
イリオモテヒメランの名前どおり、もとはこの島で発見された小型のランである。が、現在は沖縄本島でも確認されている。大体種名に含まれる地域名は早い者勝ち。ここはイリオモテが勝っている。花は至極地味。軍配のような形の黄緑に紅の混ざった花が花穂に並んで着く。
この地味さゆえだろう。花は花穂の先っぽまで咲ききらぬうちに、また気付かぬ人に踏まれて駄目になってしまった。残念だったが、近くを探して同じイリオモテヒメランがしっかり花を咲かせ終わって結実しているのを見つけた。少しほっとした。
2005年の話。雨ばっかりの梅雨もまもなく明ける。ここ数日は比較的天気もいい。で、歩いてみた森の中。まだグジュグジュの残る山道の斜面に珍しい植物を見つけた。コンジキヤガラという蘭だ。金色矢柄かな。地面から花茎のみを高く伸ばした姿はなかなか異様だ。花も花か?と思うほど地味である。
その時はもう太陽の傾きの加減でそこが暗かった為、明日戻ってきて写真を撮ろうと思い、去った。そして次の日の朝、天気もいいのでワクワクして出かけてみたら、あった筈の場所でランが見当たらない。おかしい。どこにいったのか?確かに昨日はあった。それがなぜない?
ついつい悪い方に考えてしまう。蘭を狙う人が西表にもやってきて、自生地を荒らすのはよく聞く話だ。昨日帰りにすれ違った観光客。もしかしたらプラントハンターだったのか?採られてしまったのだろうか?いやいや、そんな悪いことはするまい。思い直し、這いつくばって探す。「あっ、あった!」そして見つけたのは、中ほどで折れてしまった花茎。折れた先端部も見つけた。見れば、着いていた筈の花が一つも残っていない。どころか全体的にボロボロのなっている。これはどうしたことだ?
近くを探して別の株を見つけた。ああ!カタツムリ!その株には小さなカタツムリが覆いかぶさって花芽をむさぼっていた。そういうことだったか・・・。しょうがないなあ、これは・・・。
幸い、まったく齧られていない株も見つけた。下手糞ながらなんとか写真も撮れた。しかし、こんな小さなランですら、本当に様々な外敵と対峙しながら生きているのだなあ・・・としみじみ思ったのであった。
p.s.僕はこの蘭がオキナワムヨウランと思い込んでいたのだが、同じ島の茂木さんの指摘で、コンジキヤガラという別の蘭と判明した。茂木さん、ありがとう。
今年も6月の大潮からウミショウブの開花が始まった。どこかでも書いた気がするので簡単にしか説明しないが、ウミショウブは河口海側や珊瑚礁内側の浅瀬に群生し、稚魚たちの居場所となったり、川のもたらす土砂を固定する大事な役割をもった「藻場」を形成する。
カイソウではあるが、モズクなど胞子で増える海藻とは違い海草である。であるから、花が咲く。花は雄花と雌花があり、雄花の花粉が雌花の柱頭に接することで受粉するのだが、さすがに水中では動物の力を借りて他の株と受粉することは難しい。そこを、このウミショウブは潮の満ち干きと風の力を利用することでクリヤーしたのだ。
それは大潮辺りで潮の一番干上がる日。最大に水面が下がった昼間のその時間、海底から花茎がぐいと伸びた雌花がすばらしいほどのちょうど加減で水面に顔を出す。雌花からはヒラヒラした長い花弁が顔を出し水面に漂う。そのタイミングで水中深く、根元近くにある、雄花を沢山包み込んだ花茎の短い花穂(下写真左)からは、一斉に白い発泡スチロールカスのような小さな雄花が切り離される。
これが水面に浮かび上がったとたん、ちょうどトウモロコシがローストされてポップコーンになった時のように、花弁がポンと開き、花粉を沢山包んだ部分がむき出しになる。そして、雄花の反り返った花弁は爪のように逆立って水面に立ち、風が吹くとまさに走るように水面を滑っていく。これが水面に開いて漂う雌花の花弁にキャッチされる(上写真)。
あとは、再び潮が満ちてくれば、開いていた花弁は水の力で雄花を包んで自然に閉じる。そして受粉だ。
なんだか、難しく書いてしまった。ちなみに西表の伝統芸能ではインヌササグサ(海の笹草)と謡われている。
この時期の風物詩サガリバナの花である。別名サワフジ。川沿いや湿地帯などに生えるわりに大きくなる木で、梅雨明け頃から花が見られるようになる。夜にその花を開かせ、朝には落とす。
西表ではこれをカヌーで見に行くツアーが盛んだ。なんと言っても川沿いのサガリ花では落ちた花がいっぱいに水面に浮かんで見事。
ところで・・・
このサガリ花、もともとあった植物に違いはないだろうが、その湿地帯における強さ、成長の早さ、根の生やし易さなどから、昔は人為的に田圃の周りに垣として植えられた。これはイノシシ除けの為。等間隔に木を植え、木と木の間に横棒を掛け、柵としたのだ。
だから、場所に行けば、今もサガリバナが等間隔で植えられてあったことを確認できる。
西表名「ジルカキ」