月別アーカイブ: 2010年3月

やっと名前決まりました。

saoka
次女が生まれて早、2週間。ああでもないこうでもない、と京都の妻と西表の夫で、命名会議を繰り返すこと、十数回。
出来ては却下された(し合った)名前、100以上。
やがて出生届の期限、という昨晩11時半。
ようやく2人ともが、これはいいね、と思える名前に出会えました。
水辺の白砂に咲いた2つ目の花という意味で、
沙乙花(さおか)
いつか、「父と母が何年分も頭を使った末に、考えた名前だよ」と胸を張って言えるでしょう。
しかし、名前をつけることっていうのは、画数を調べ始めると、本当に欝になるぐらい大変です。せめて人によって姓名判断が異なるというのは、やめてほしい・・・。

ありがとうございます。

昨日の次女が生まれたという報告に「拍手」を下さった皆様、ありがとうございます。
今日は仕事で、女性のお客さんも一緒になって祝ってくれました。
二人目の子供ですが、やっぱり変わらずウレシイ。
シーズン中なので顔を見に行けないのが残念ですが、今も妻が送ってくれた写真の娘の顔を見てニヤニヤしています。
僕の人生の中では、一番ウレシイのは子供を授かった時なのかも。
ちなみにナイトツアーでは僕を祝福してくれるかのようにヤマネコが出現。その後、帰ってきてから寄ったラーメン片桐では一杯奢っていただきました。
みんなに祝福されております。

生まれました~!

うちのお家に今日、花が一輪、加わりました。
僕は昨日、今日と出張で石垣島にいて、妻は実家のある京都で。
昼間電話した時には、今日も生まれそうにないね~なんて話をしていたのが、午後6時過ぎ、西表に帰ってきですぐ、妻の妹から電話。
「出戸ちゃん、生まれた、生まれた!」
なんと、病院へ行ったのは2時半で分娩室へは5時半。
わずか30分のスピード分娩。勿論、母子ともに元気。
やっと先ほど、写真も見れました。
僕によく似た大きな女の子です。
妻にご苦労さま。そしてありがとう!と伝えました。
まだまだ寒い3月ですが、早くも我が家は花盛りです。

動物は玩具じゃない・・・

s-yasiganidai1111
今日、ナイトガイドが久しぶりに入った。いつも来てくれているアウトドアサークルの面々と、知り合いの宿からヨーロッパ人の研究者カップルが紹介されて、滅多にない満員となった。
まずはヤエヤマボタル。今年はすごくキレイだ。最初に懐中電灯をつけないように注意し、しばらくこの美しい光の乱舞を観察した。
その間、カップルがホタルが一番キレイな僕らのいる場所から離れているので、声をかけたら、「ジッサイ、ボクタチ、ホタルニハキョウミガナイ・・」と言われてしまった。
次にヤシガニを探しに移動。
ここしばらく非常に暖かいので、出ていても不思議はない。
が、なかなかいない。昨年はすぐに写真サイズの大きいものに出会えたのだが、行けども行けども見つからず、ここが最後と思った4箇所目、茂った藪の根元に小さかったがついに見つけた。が、やつらもすばしっこい。
すぐに藪の奥の方に隠れるので、僕が捕まえてみんなが見える場所に置いた。
すぐに撮影大会が始まる。
何度もフラッシュが焚かれる。その間、外国人のカップルは僕らから離れて、自分達で藪の中を照らしている。彼は日本語が流暢なのに、なぜか一言も僕らとも会話がない。
途中、ヤシガニを掴んで、他の人に撮影してもらっていた女の子がその強力なハサミで掌を挟まれるというアクシデント。
お腹をくすぐるといいという話があるが、あれは僕の経験上、嘘だ。すぐに地面に置くが、なかなか離さない。
あんまり離さないので、男二人がかりでハサミを抉じ開け、ようやく解放された。
少し皮膚が傷ついたが、これぐらいで済んで良かった。最初に掴み方を教え、危ないと思ったらすぐ離すように、とアドバイスしたのだが、ヤシガニを触るのにはよほど注意しなければいけない。
ちなみにヤシガニの方もハサミは無事。
木の幹に摑まらせて、今度は木登りをもう一度みんなで撮影する。
その間、やっぱりカップルは離れている。
大きな一眼レフを持っているのに、なぜ撮影しないのか、気になるので近づいて聞いてみた。すると、少し怖い顔で言う。
「ドウブツハオモチャジャナイネ。アナタガ、コウシテメノマエデ、フラッシュタカレタラ、ドウオモイマスカ?ウレシイデスカ?」
じゃ、なんで一眼レフ持っているの?と少し思う。
その途中で、今度は道の真ん中に少し大きなメスのヤシガニ。
あれだけ苦労したが、見れる時はこんなものだ。
車を止め、今度は僕が掴んでヤシガニという動物の身体の構造を説明する。満足してもらえたようだ。みんなが絶対に見たいと言っていたヤシガニがなんとか見せられて良かった。
帰りの車の中で、なぜヤシガニが減っているのか。石垣島の居酒屋でヤシガニ料理を観光客に振舞っている、その問題点などの話をする。
その間、カップルは僕の話を聞いているのか、ずっと二人で喋りっぱなし。車の中ではずっとこんな感じだった。
そんなこんなの2時間。

さて、まずは問題のカップルを宿に送る。車の中でお金を渡され、その際に、きつい一言。
「キョウ、モンクガアルノハ、アナタハドウブツのソンカイヨリ、オカネガダイジネ」
そう切り捨てられた。ぐっと詰まるが、笑顔を作って言葉を搾り出す。
「そうですか、その言葉の意味を少し考えさせてもらいますね・・・」
「モウイイ!」
彼らは去って行った。
後で確認したら、渡されたお金は最初にお伝えしたものより、少なかった。

そこからずっと考える。フラッシュ撮影どころか、彼らは僕らが動物を触ることすら嫌がっていた。多分、それが彼らにとってのエコロジーなのだろう。
エコロジーの先進地と言われる欧米。かの地におけるエコロジーとは、環境保護型だという。つまり、手付かずの自然を手付かずのまま、残す。プロテクトする。国土が広く、沢山の自然が残されていたアメリカで、開発してもよい自然(すでに人の入っている自然)と残すべき原生自然を区別する為に生まれた発想だ。それが特に白人社会で広まった。特徴として「厳格」という部分がある。悪い例としては「シーシェパード」。僕の愛用するパタゴニアまでこの悪名高い環境保護団体のスポンサーだ。

一方、僕らのエコロジー。日本人は狭い国土の中、自然の中で生まれ、育まれてきた。原生自然なんてほとんどない。身近にあった自然。そして限りある自然。それをうまく利用してきた。動物とだって同じだ。子供の頃、カブトムシを小さな箱で飼った。友達同士でオスを闘わせた。田んぼでメダカを獲ってきたり、食べれもしないフナを釣って持って帰った。そんな中で知った自然の大事さ。
そこに僕らのエコロジーの基本がある。今ある自然と触れ合いながら残す。環境保全型のエコロジーだ。

僕はあの子供のころと変わらない。動物が好き。触れ合うのが好き。ヤシガニに触ってもらうことで、ヤシガニのことをもっと考えてもらえる。小さなホタルをそっと捕まえることで、その小さな身体に宿る奇跡を知ることができる。そして、動物がもっと好きになる。
動物は玩具なんかじゃない。友達だ。
きっと動物好きの人はみんなそう考えている。

そのことを彼らに伝えたかった・・・・。

p.s. ヤシガニなどの甲殻類や昆虫類には、人間が強い刺激や眩しさなどを「苦痛」と感じる、そういった感覚はないと言われている。勿論、刺激に対する反射はあるので、眩しければ逃げるし、摑まれれば暴れる。

十六日祭

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毎年、この日は仕事は休み。
先祖のお正月と呼ばれるのが、旧暦1月16日。16日祭だ。
集落のそれぞれが、祖納岳の麓にあるそれぞれのお墓に家族単位で集まる。僕はこちらに自分の家の墓はないので、先輩のチュウ兄のお墓に行く。
今日は雨もなさそうだし、気候も暑くなく、ちょうどいい。
お墓の前で線香を上げ、ご馳走を食べ、酒を飲み、語り合う。
そこにはチュウ兄のお父さんお母さんも来ているかも知れない。
僕が見えないだけだろう。
今日のチュウ兄、けっして酔っ払うことなく、(僕が来るようになって以来初めて)自分のおうちのお墓の行事を無事勤め上げた後は、となりのお墓、そして少し離れた場所にある親戚、縁戚のお墓まで回って行きました。
珍しい・・・・と誰もが思ったそうです。